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WITH MY CHINA TOWN
『ヨコハマ幽霊ホテル』(1987年・講談社)を書いている頃、まだそんなに中華街のことを知りませんでした。その時知り合ったのが「萬来軒」のご主人、呂行雄さん。「萬来軒」は大佛次郎をはじめとして文人やジャーナリストなどが多く訪れる店として知られていました。私はエッセイストの故・青木雨彦さんに紹介していただいたんです。残念ながら呂さんは亡くなられましたが、「なんでも教えてあげますよ」とおっしゃって、とても親切にしてくださいました。あまり見る機会のない早朝の中華街を案内してくださったのも呂さんです。今はなき『バンドホテル』にも、その時、泊まったんですよ。朝の中華街はいつもと違った雰囲気でとても好きです。仕入れを終えた人たちが、小さなカウンターだけの喫茶店で朝食にトーストなどを食べているのですが、私もその人達と並んでコーヒーを飲みました。今でも自転車で朝の静かな中華街を走ったりすると、呂さんを思い出します。
華僑の墓地、中華義莊にも呂さんに連れていっていただきました。その頃はまだ地中に埋葬されている御遺体が幾つもありました。世界のどこにいても死後は故郷に帰る、というのが華僑の風習でしたから、焼かずに埋めたんですね。でもその間に国交が断絶してしまって、帰りたくても帰れなくなってしまった。私が訪れた時には国交は正常化していましたが、まだまだお棺が残っていました。たくさんの墓標や写真を見ていると、華僑の方達の成功や失敗のドラマが脳裏をよぎります。ぜひ一度訪れてほしい場所ですね。
また、その頃は関帝廟が火事になった後でした。今のような立派な廟は建っていなくて焼け跡だったんです。ただ関羽様のご神体は無事だったので、そこにみなさんがお参りに来ていました。真っ黒な焼け跡にお線香の赤い火が灯っていて、なんとも言えないムードが漂っていてとても印象的でした。
その頃からグルメブームが始まって、中華街もどんどん発展し、素晴らしい商業地になりました。ちょっと怪しげな中華街というのにも魅力を感じていましたが、そういう感じではなくなりましたね。なくすように街の方々が尽力されたと聞きます。また、横浜中華街はサンフランシスコやバンクーバーほど華僑人口が多くないので、外からお客さんを呼び込まざる終えない。それでこんなふうに観光地化したのでしょう。世界の中華街の中でも商業地、観光地としてはナンバーワンの成功例ではないでしょうか。
以前、野毛で中国文化を学ぶ会に参加していたことがあります。大学講師をされていた華僑の方が、水滸伝を中国語で読んで訳し、さまざまな中国文化を教えて下さるんです。何年間か通って、そのメンバーで上海や鎮江、杭州へも旅行に行きました。その方が中華料理屋の息子さんだったせいもあって、おいしいものもたくさん教えていただけたし、学びながら楽しんだという感じです。といっても中国の歴史は長大、国土も広いしちょっと学んだぐらいではどうにもならないんですよ。中国文化を学ぶ講座が中華街にあって、カルチャー面でも人が集まってくるようになるといいですね。私もそういうところでもっと学びたいです。今は華僑の歴史、なかでも女性の歴史がどんなふうにだったか知りたいのですが、資料がさほど豊富ではありません。神戸には華僑博物館があるのに、一番賑やかな横浜にないのが残念です。ぜひ横浜中華街にも華僑博物館を造ってほしいですね。
山下町公園に會芳亭というあずまやがありますが、昔はあそこに會芳樓というシアターレストランがあったんですよ。京劇を観ながら食事をするというのが伝統的な京劇鑑賞のスタイルですから、これもどこかに再建されたら素晴らしいですね。
中華街は食を楽しむと同時に中国カルチャーを発信する、そんな場所であってほしいと願っています。
My Favorite
萬珍楼「福寿雪丸
お菓子でよく買って帰るのが萬珍楼の「福寿雪丸」。白い砂糖の粉をいっぱいまぶした丸いクッキーです。ピーカンナッツの風味が香ばしくてついつい手を伸ばしてしまいます。
6個入り¥600(税込)
悟空茶荘「凍頂烏龍茶」
初めて中国で凍頂烏龍茶を飲んで、「これは烏龍茶じゃないですよ」って言ってしまったことがあったんです(笑)。そうしたら「あなたは安物の烏龍茶しか飲んだことがないんだ」って笑われて。確かに高価ですが、飲むとふわーってお花の香りがして、その美味しさに本当に驚きました。 60g ¥1,260(税込)
萬来軒「葱そば」
最後の〆に必ず頼む葱そば。自家製のチャーシューとコクがあるのにさっぱりしたスープが美味。
¥750(税込)
萬来軒
「牛バラ肉の煮込み」
3代続いてファンがいる牛バラ肉の煮込み。驚くほどやわらかく煮込んであるところが人気です。
¥1,400(税込)